既婚、元多重債務のギャンブル依存サラリーマンの借金体験記2

こんばんは、前回の続きです。

あれからどれだけの時間が経っただろうか。

結局、初めて手にした勝利は、あっという間に再戦の軍資金に姿を変え、虚しく水泡と帰した。それから数年、パチンコ屋に行くことはなかったが、大学にも慣れ、生活が充実し始めた頃、暇つぶしのつもりで何気なく入ったパチンコ屋で、再度強烈な体験をする。

20連チャンオーバーの大勝利。

確か、機種はCR宮本武蔵。特筆すべきこともない普通のCR機だったと思う。何気なく入った、特にやる気も感じられないパチンコ屋でその台が壊れたように出玉を吐き出し続けていた。40,000発以上の大量出玉は、いとも簡単に私の脳を快楽物質漬けにしていた。

初めてのキャッシング

それから、私がパチンコ狂いになるのにそう時間はかからなかった。始めは暇な時にしか足を運ばなかったパチンコ屋に、講義をさぼって通い出し、友人と過ごす時間よりも、家族と過ごす時間よりもホールでハンドルを握っている時間が増えていった。

釘を読むこともせず、投資(浪費)の上限も設けず、狂ったように打ち続けた結果、学生アルバイトの給料はあっという間に底をついた。軍資金が尽き、携帯電話料金の支払いに困った私の目に、あるものが映った。キャッシング機能つきクレジットカード。それが不幸への片道切符であるとも知らず、救世主であるかのように感じたこと、そして表現しようのない背徳感を感じながら30,000円をキャッシングした。内訳は、携帯電話料金7,000円、生活費で10,000円。そして、残りの13,000円はCRイエローキャブへと吸い込まれていった。

まるで銀行口座の残高が増えたような錯覚

記念すべき、初キャッシングを行ったカードは、携帯電話ショップのオプションで要りもしないカードを契約させられたものだった。限度額は50,000円と少額だったが、限度額いっぱいまでキャッシングするのに、さほど時間はかからなかった。

手元には他に3枚のクレジットカードが。1枚は国内大手クレジットカード会社のもの。もう1枚は携帯キャリアのもの。最後の1枚は有名な、赤い色のファッションビル会員カード兼クレジットカード。限度額はそれぞれ、10万円、10万円、30万円。こんなように、限度額を確認している時点で、私の頭の中は『借金をしている』という感覚よりも、『あとこれだけ軍資金があれば、取り返せるはず』という、ギャンブル依存症にありがちで、とても愚かな考えで支配されていた。

当時、パチンコ業界では異例の規制緩和が行われ、確変突入率が65%オーバーである、CRフィーバー大ヤマトがブレイクしていた。根拠のない自信を持ち続け、そしてハンドルを握り続け、気が付けば周りの同級生は就職活動を終えているような時期だった。

就職活動を理由に講義を欠席し、リクルートスーツでパチンコ屋に入り浸ることが増えていった。つづく。

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